藤澤仁さんのこと

  • 2019年6月30日(日)23:59
  • [MEMO]

今年ももう半分終わってしまいました。
6月は毎年楽しみにしている文化庁メディア芸術祭をがっつり見に行きましたし(6回も行きました)、E3もありましたし、WWDCで発表されたAppleの新情報も気になりましたし、湯浅政明監督の最新作『きみと、波にのれたら』を見に行ったりと盛りだくさんな日々を過ごしました(メディア芸術祭については後で絶対ちゃんとまとめます)。

そんな中もうひとつあったのが、藤澤仁さんのトークイベントに参加してきたんですよね。藤澤仁さんのことを簡単に説明すると、ゲーム会社のスクウェア・エニックスで「ドラゴンクエスト」という作品のディレクターを務めていた方です。もう少し詳しく書くと「7」と「8」ではシナリオスタッフとして、「9」と「10(バージョン1)」ではディレクターとして全体の統括をされていました。

僕は昔から「ドラゴンクエスト」シリーズのファンでしたが、藤澤さんのことをはっきりと認識したのは「10」からでした。「10」はシリーズ初のオンラインゲームとしてリリースされたため、プレイヤーとしても戸惑う場面が多かったのですが、何かあるたび藤澤さんはユーザーに対して包み隠さず、ただただ誠実で熱のこもった文章で伝える、ということをしてくれたのでした。

折に触れて公開されるそんな文章に触れるたび、僕はすっかり藤澤さんのファンになっていたのでした。

その後、藤澤さんは「ドラゴンクエスト」のプロジェクトから自ら離れるという選択をすることになるのですが、それも藤澤さんらしいと言うか、見方によってはすごく不器用にも見えるんですよね。あのままずっと会社に残っていれば、いずれはドラゴンクエストの生みの親である堀井雄二さんの後継としてシリーズを統括する立場になることができる人だったのに、それを捨てたわけですから。

そこまでして藤澤さんがやりたかったこととは何だったのか。藤澤さんのnoteに近況がまとめられていますが、その答えはこれからの活動で見せてくれるのでしょう。

ちなみにイベントで頂いたサインには「ドラゴンクエスト10」で使用しているキャラクター名を入れてもらいました。すごく嬉しかったです。

夏の呼吸
▲今回のイベントは藤澤さんが20代の頃に執筆した作品をまとめた書籍『夏の呼吸』の発売を記念して開催されたものでした。

20年がたちました。

  • 2019年5月10日(金)23:34
  • [MEMO]

このサイトができて今日で20年がたちました。
20年って、けっこう重いですよね……。なんだか気が遠くなってきましたよ。

本当は20年の振り返り企画とかやってみたら楽しいかなとか、いろいろ考えていたんですが、間に合わなかったり、頭の中で思い浮かんでいるだけで終わったりで、ほとんど何もできないまま今日になってしまいました。

まあでも、ぴったりに合わさなくてもいいと思っているので、唐突にそれっぽい更新があったら、あああれかと思って頂けたらと思います。

唯一、というほどのものではありませんが、1年以上ぶりにトップページの絵を更新しました。前回の絵ははじめて全編ペンタブレットを使って描いた(自分の中では)意欲作だったのですが、今回の絵は手描き+マウスという従来スタイルに戻ってしまいました。

真ん中に大きく描いているキャラクターは「10円くん」というオリジナルキャラクターです。自分のキャラなのにいまいち描き慣れてないので、描くたびに「こんなだったっけ…?」と、いつも違和感を感じてしまいます。

改めて20年前の頃と今を比較してみると、昔の自分は今にして思えば積極的なところがあったというか、けっこういろんな人とメールや掲示板でやり取りしていたなぁと思います。インターネットの可能性を感じてテンション上がっていたんでしょうか? それが今ではネットでも引きこもりというか、人との関わりがほとんどなくなってしまいました。

そういうところ直したいと思う気持ちもあるんですが、性格だからしょうがないですね。もう治んないです! これからもぼっちな感じでやっていこうと思います。

元号とともに

  • 2019年5月2日(木)0:32
  • [MEMO]

新しい元号になりました。

前回のエントリーが中途半端すぎたので、もう少し平成を振り返ってみたいんですが、平成と言えば…で思い出すのって、やっぱり平成初期の頃のことなんですよね。日本にとっていろんな苦難があった昭和が終わって、ついに平和な時代が到来するんだと、新鮮な気持ちになったことを覚えています。ただ、改元の翌年に勃発した湾岸戦争のせいで、その希望はとっとと打ち砕かれることになるんですけどね。

あと覚えているのが、元号って変わるといろいろ大変なので、今後は西暦に統一しましょうよ、みたいな言説が当時もあったんですよ。でも結局、日本人は和暦が好きみたいで和暦の強さは昭和の時とさほど変わらなかった印象です。西暦は西暦で1900年代から2000年へと桁が大きく繰り上がる時期で、ややこしいというのもあったんでしょうけどね。

でも不思議ですよね。普段、天皇制とかそんなに意識して生活しているわけじゃないと思うんですが、それでも和暦を使っちゃうんですもんね。天皇制自体についての考え方も、平成の時代の間で自分の中では大きく変わった気がします。これは間違いなく上皇陛下のおかげです。日本にとって天皇とはどのような存在なのかが少しずつ理解できたというか。新しく即位された天皇陛下にも、時代に寄り添った新しい天皇像を築いていっていただきたいと思います。令和、いい時代になるといいですね。

昨日は鶏の唐揚げを作って食べました。おいしかったです。

平成の思い出

  • 2019年4月30日(火)23:59
  • [MEMO]

今日は平成最後の日ということで、せっかくなので平成の思い出でも振り返ってみましょうか。

平成元年(1989年)…というと、僕の記憶ではサンリオの「けろけろけろっぴ」が流行っていた気がします。サンリオのサイトによるとけろっぴの誕生は昭和63年(1988年)なので、だいたいあってるのかな?

あとふと思い出したけど、「きんぎょ注意報!」っていう漫画が流行ってましたよね。Wikipediaによると漫画のスタートが平成元年、アニメ化が平成3年なので、ブレイクしたのは少し後になるのかな。ぎょぴちゃん。懐かしいです。

平成2年はスーパーファミコンが発売された年ということで、ヨッシーが登場した年になりますね。ヨッシーのおかげでマリオの世界観がぐっと広がった気がします。

この時期といえば、漫画「伝染るんです。」も流行っていました。漫画のスタートは平成元年からだけど、僕がちゃんと読みはじめたのは3巻からなので、平成4年の出来事だったようです。

ちょっと飛んで、平成7年。歌手の華原朋美さんがデビューした年です。僕は朋ちゃんって当時の様々なカルチャーに影響を与えたと思っているんですが、その1つにキティちゃんがあります。朋ちゃんは日頃からキティちゃん好きを公言していたけど、あれが若い女性の間でキティちゃんが「あり」になったターニングポイントになった印象があるんですよね。

そして平成10年頃にはサンエックスの「たれぱんだ」がブレイクします。今のサンエックスの礎を築いたといっても過言ではないのがまさにこのキャラクターですよね。

おっと、もうすぐ令和じゃないですか。最初の10年しか振り返ることができませんでした。続きがあったら令和で…。

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