かいそう

君の涙の中に、ぼくは住んでるよ。
 
 
 
 
 
 
涙の中に
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
10円くん
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

狭いね
ここはどこだろう。
なんだか狭いね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2人
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

出られないようだよ
ずっと落ちているようだし、
外には出られないようだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

3人
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

出られるんじゃ
上から出られるんじゃないの。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

4人
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

5人
無理みたいだよ。
 
このまま落ちたらどうなるの。
 
ぶつかるよ、地面と。
 
地面にぶつかったらどうなるの。
 
いいことあるの?
 
いいこともあるかもしれないけど、
 
まずは体がバラバラになるんじゃないの。
 
バラバラか。
 
イヤだよ、そんなの。
 
じゃあやっぱり上から出ようよ。
 
むしろ出ないでこれごと飛んでいこうよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

みんな
そういえば、10円くん。
 
さっきから黙ったまんまだよ。
 
どうしたの。
 
なんか言ってよ。
 
なんかぼそぼそ言ってるよ。
 
なんて言ってるの。
 
わからないや。
 
あ、外の景色が変わってきたよ。
 
いよいよくるよ。
 
いよいよいくよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
10円くん

かいそう

月を眺める
「言っとくけど、こんなことになったの、10円くんのせいだからね」
 
「あー、はいはい、わかってるよ」
 
ぼくの大事な相棒、ロケットのタコチャン号の燃料が切れかかってしまい、
見知らぬ星に不時着し、タコチャンの食べられそうなものを探すことになったのでした。
まあ、僕が予備の燃料を積んでなかったのが悪いんだけど、
それにしてもひどい言いようだなぁ、タコチャンは。こっそり悪口言ってやろ。
 
「このタコ…」
 
「え? なんか言った?」
 
タコチャンは地獄耳でした。
 
 
食べもの
別々になって食べものを探すことになりました。
あ、この変なくだものみたいなのは食べられるかも!
そう思って手を伸ばした瞬間、誰かが横取りしたのでした。
 
シュタ!
 
「ヨソモノには渡すものか!」
 
現地の子
そう言って現れたのは、どうも現地の子のようでした。
 
「それ、君のものだったの。ごめんね」
 
「いや、オレのものではないが、おまえにはやんねぇ」
 
「…だったら別にいいよ、他の探すから」
そう告げると、現地人くんは首を大きくぶるんぶるんさせてこう言いました。
「この星にあるものはみんなやんねぇ!
あっちに変な形ののりものあったの、あれおまえのだろ。
あれに乗ってさっさと帰れってこった」
 
「いやいや、乗って帰ろうにも燃料がないから…」
 
と言おうとしたところ、現地人くんは少し離れたところに移動していました。
 
「やーい! これが欲しいなら奪ってみろ!」
 
なんて言ってるけど、別にくだものは探せば他にもありそうだし、
別の場所に移動しようとしたところ、
 
「おい、こっちだよ! どこに行こうとしてるんだ」
 
なんて言うわけです。
どうも追っかけてきて欲しいみたいなので、後を追ってみることにしました。
 
………。
 
すぐに追いついてしまいました。
手を伸ばせば捕まえられそうなところまで来ても、
現地人くんはまだ威勢のいいことを言っています。
 
「おまえ、見かけによらず速いんだな。
でもこっちには必殺技のスーパーダッシュが、うわぁあぁぁ」
 
急にいなくなったかと思ったら、ぼくの視界もおかしくなって、うわぁぁ、
2人して地面の穴に落っこちちゃったのでした。
最近、穴にはまることが多くて困ります。
 
 
 
この穴はかなり深く、水のない井戸のようになっていました。
中では先客に
「おまえが追っかけてくるからだぞ」
なんて言われたけど、そんなのぼくのせいじゃないし。
ここからどうやって出ればいいのか、ちょっと考えても思いつきません。
 
ぐるる~
 
おなかが鳴ってしまいました。
すると、現地人くんが半分に割ったくだものを差し出すのでした。
「異星人でも腹減ると鳴るんだな」
なんて言われながら、受け取りました。
2人
くだものはやけにすっぱかったけど、おいしかったです。
タコチャン、急にぼくがいなくなって心配しているかな…。
 
「あ、あれ」
 
現地人くんが指さした方を見上げると、
穴の入口から見える空に、ちょうど月がやってきていたのでした。
穴の入り口

なんだか、現地人くん、満足そうなアホづらで眺めています。
 
ぼくはそんな現地人くんを眺めながら、
今のこの時間、割と悪くはないな、と思ったのでした。
悪くない

かいそう

「ぼくのことなら、きみのノートの14巻25ページに書いてあるよ」
 
 
 
ぼくはいろんな星に旅したことがあるけど、
現地の子と仲良くなることってあまりないのです。
でもたまには仲良くなることもあって、
今日の話も、そんな遠くの星で暮らす友達の話です。
 
 
遠くの星
 
その星では2種類の人が暮らしていて、
片方の人達は地面で忙しそうに生活しています。
そしてもう片方の人達は空中に漂いながらのんびりと暮らしています。
ぼくの友達、ウオットくんは空中で漂いながら生活する方の人です。
 
空中で暮らす人はみんな日記を付けるのが好きで、
だいたいの人は手にノートを持っています。
久しぶりにウオットくんに会うと、決まってぼくのことは忘れているので
前にぼくが会いに来たときのことが書かれているノートのページ数を、
ぼくが教えてあげるのです。
ウオットくんは、そのページをチェックしたあと、
 
「あ、ホントだ。会ってるね。また会いたいと思っていたんだよ~」
 
って、言ってくれるのです。
 
 
 
 
 
 
ウオットくん
 
ウオットくんとの最初の出会いは、
ぼくがこの星に仕事で来ていた時のことでした。
その時ぼくは大事なモノをなくしてしまって探していたら、
ウオットくんが一緒に探してくれたのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ウオットくんに何度目かに会ったときのこと、こんな話になりました。
 
「10円くん、きみに会うのは何回目だっけ~?」
 
「4回目だよ」
 
「だったら、もういいかな…。お近づきのしるしに、
この僕のこと、この星のこと、聞いてみる~?」
 
「う、うん」
 
そう言ってウオットくんは話し始めました。
この星の住人は本当は1種類だってこと。
宙に浮かぶ住人たちも、
昔は地上で暮らしていたこと。
宙に浮かぶ住人たちは、
地上の人から「あきらめびと」と呼ばれていること…。
 
「その言葉どおり、地上での暮らしをあきらめた人たちのことなんだよね」
 
と教えてくれました。
地上での暮らしに行き詰まりを感じた住人たちは、
自ら意識を解き放ち、自分のからだを捨てるのです。
放たれた意識は、ふわふわしたもうひとつのからだをかたちづくり、
第2の生活を始めます。
それが「あきらめびと」と呼ばれる人達になります。
 
あきらめびと
 
あきらめびとになると、今までのようにものを食べなくても
生きていけるようになるんだそうです。
(なのでみんな働かなくなります)
そして、ぷかぷかと空中に浮かんでいられるようになります。
そしてそして、新しいことをなにひとつ、覚えられなくなるんだそうです。
 
「その日に起こったことなら覚えていられるんだけど、
寝て起きるともう忘れているんだ~。
すべてをあきらめたあの日までのことなら覚えているんだけどね。
だからあきらめびとになると、どんなにめんどくさがり屋さんでも、
日記をつけ始めるようになるんだ~。
じゃないと、今までどんなことがあったのか、全然わからなくなるからね。
日記は明日の自分へのメッセージなんだよ」
 
と、ウオットくん。ちょっとかっこいい気がしました。
 
「そうして朝起きたら、みんな日記を読み返すんだ~。
へー、こんなことがあったのかってね。
そうしている時間は、すごく楽しくて、みんな好きなんじゃないかなぁ。
中には日記を読むだけで、1日のほとんどを使ってしまう人もいるらしいよ」
 
「地上の人達もいつかはみんな、あきらめびとになるの?」
 
「いや、ならない人も多いよ。
地上の人たちの多くは、僕たちのことを
脱落者だって軽蔑しているからね。
でもこうやって、ぷかぷか浮かんで
その日暮らしするのも悪くないと思うんだ~」
 
しばらく間を置いて、ぼんやり空を眺めながらウオットくんは言いました。
 
「君みたいに会いに来てくれる人もいるしね」

かいそう

「バイバーイ!」
 
見えなくなるまで、いつまでも手を振っていたけれど、
ずっと覚えててくれるかな、ぼくのこと。
ぼくは忘れないよ。
 
 
 
コロッケにソースをかけようとするたび、
あの時のことを思い出すんだ。

ベンチで寝ている人を見るたびに、
あの時のことを思い出すんだ。

網戸がなかなか閉まらないときに、
あの時のことを思い出すんだ。

そしてもう2度と会えないことも思い出して、
悲しくなるんだ…。
 
 
 
「そんなことないよ」
 
 
どこからか声がした。
振り返ってみたけれど、誰もいない。
当たり前か、この船に乗ってるのはぼく1人だからね。
 
「ここだよ。ここにいるよ」
 
でもやっぱり声がする。それもすごい耳のそばから。
鏡を見ると頭の上になんかいた。
コンニチハ
 
 
 
なにこのヘンテコ。
などと思っているうちに、そのヘンテコはしゃべりだした。
 
「待って! ボクは虫じゃないよ。殺さないでね」
 
「殺しはしないよ。で、キミは誰?」
 
「ボクのことはいいから、きみのことこそこのボクに教えてよ」
 
「え、いやだよ」
 
「じゃあ、ボクもいいよ」
 
「ここ、ぼくの船だから、出てってくれる?」
 
「出てって…、外は宇宙だよね? 出たら死ぬよね?
やっぱりきみはボクを殺そうとしてる! ウワーン!」
 
「殺さないから。で、キミはなんでここにいるの?」
 
「なんでって言うか、ずっとここにいるのさ」
 
「ずっと?」
 
「ボクは普段は見えないけど、いつもここにいるんだ。」
 
「いつもいるの?」
 
「そだよ。だからきみの恥ずかしいことも知ってるよ」
 
「ぼくは恥ずかしいことなんてしないよっ」
 
「へー、ならいいけど」
 
「で、キミはずっと姿を消していたのに、
なんで今日はぼくの目の前に出てきたのさ?」
 
「それは、きみが出てきてほしそうにしてたからだよ」
 
「ぼくが?」
 
「そう。なんかね、さみしそうだったから。
でも安心してね。いつもきみのそばにはボクがいるから」
 
「別にさみしくないから、いてくれなくていいよ」
 
「またまた強がり言って。
あ、そろそろ時間切れだ。
ぼくはそろそろ消えるけど、ま、そう言うことなんで。
じゃあまたね!」
 
そう言うと、ヘンテコなキミは
手を振りながら、消えた。
 
 
 
 
 
でも、ずっといるそうです。

にちじょう

穴ぼこの中に頭を突っ込んだまま、
たくさんの季節が過ぎ去りました。
(でもずっと穴の中なので、その移り変わりを見ることはできませんでした)
 
 
もぐらくんという子とお友達になりました。
 
 
もぐらくんは、もぐらの男の子です。
ある日、地面を掘ってぼくが頭を突っ込んでいる穴までたどり着いたのでした。
 
もぐらくんは、ぼくのことを気に入ってくれたみたいで、
時々現れては、一緒に遊んだりするようになりました。
 
 
『もぐらたたきごっこ』という遊びをよくしていました。
 
 
そのうちもぐらくんは、大事なことを相談してくるようになりました。
もぐらの世界の派閥争いのこととか、
病気のお母さんのこととか、いろいろです。
ぼくは基本的に聞き役に徹するのみだったけど、
たまに思ったことをしゃべることもありました。
 
 
ある時、もぐらくんはぼくにこういいました。
「結婚して、子供が生まれるんだ」と。
いつの間にか、もうそんなお年頃だったんですね。
 
それからは、ぼくのところへは
ほとんど遊びに来てくれなくなりましたが、
たまに来ては、子供の成長のこととか、嬉しそうに話してくれました。
 
 
 
 
 
 
ある日、ぼくの目の前に小さな子もぐらが姿を現しました。
もぐらくん以外のもぐらに会うのは、この時がはじめてでした。
そして、この小さな子もぐらが、もぐらくんの子供だということが
すぐにわかりました。
最初に出会った頃のもぐらくんと、瓜二つだったからです。
まったく同じと言ってもいいくらいでした。
 
その子はぼくに言いました。
父が死んだのでここにお墓を作りたいと。
そう言うのでした。
 
そして、穴に頭を突っ込んだままのぼくの目の前で、
もぐらくんのお葬式が執り行われていきました。
 
ずっと地面の中に住んでいるもぐらでも、
最後は土の中に埋めるんだなぁ。
 
そんな感じで、目の前の光景を、ただ淡々と見つめるしかないのでした。
 
すべてが終わると、子もぐらはぺこりと1回頭を下げて
穴の奥へと消えていきました。
 
 
 
 
 
 
あたりが寂聴に包まれます。
いや、違いました。静寂でした。
 
そんな静寂が、ずっと、ずっと、続きます。
 
耳が「キーン」としてきます。
 
えーっと、ぼくは、何をしていたんだっけ。と、思いました。
 
 
ぼくは両手に力を込めました。
その手で地面をつかみます。
勢いをつけ、穴の中から頭を引っこ抜きました。
 
すごいぶりに見る太陽です。
ものすごく、まぶしかったのでした。