間違ってた。ぼくが間違ってたんだ。
追っかけられていたぼくはとうとう追いつかれ、
首を切られてしまったんだ。
こんなところに来たのは間違いだったんだ。
どのくらい時間がたったのだろう。
気がつくと、ぼくは生きていた。
頭しかないのに。
不思議だった。
やがて空が明るくなった。
なにもない荒野。
風で何かがこすれる音がする。
日が暮れた。
いよいよ眠たくなった。
死ぬときって不思議な景色を見るんだな、
そんなことを思いながら意識が遠のいていった。
ぺたぺた、ぺたぺた。
ちょろちょろちょろ…。
体に水を浴びている感覚がして、はっと目を覚ます。
そこにはさっき見たのと同じ光景。
ただ違っていたのは、
じょうろを持って、ぼくにみずをかけている子がいたことだ。
「助けて!」
そう叫んだ、はずだった。
だけど声なんて出なかった。
まあ、この状態ならしょうがないか。
「大きくなあれ」
その子が言った。
最初はどういう意味なのか分からなかったけど、
その子はそれから毎日同じ時間にやってきて、
じょうろでぼくに水を浴びせながら同じ言葉をつぶやいた。
それで分かったんだけど、ぼくを植物かなにかと勘違いしているようだった。
「大きくなあれ」
その子が声をかけてくれるたびにぼくは
「ありがとう」
と返した。
もちろん、声には出せないので心の中でだけど。
それから何日も、何日も、
その子は毎日欠かさず水をやりにきてくれた。
その間、動くこともできずしゃべることもできないぼくは
すっかり身も心も植物になっていた。
1日中風に吹かれているだけの生活。
それでも自分を失わずにいられたのは
明日起きたらまたあの子に会えるから。
ぺたぺた、ぺたぺた。
遠くからあの子の足音が聞こえてくること。
それだけが今のぼくの楽しみだった。
だけどそんな生活もある日突然終わりを告げた。
なんの理由もなく。
日が昇り、風が吹き、日が落ちる。
日が昇り、風が吹き、日が落ちる。
ひとりぼっちだった。
風に吹かれていると
だんだんと、どうでもよくなってくるんだ。
だってここにはなにもないから。
なにかを考えたくような、なにもかもが。
いつしか、ここでこうしていることが、
ぼくの記憶のすべてになりつつあった。
忘れつつあった。
もうあと少し、心のどこかにある
細い細いくもの糸のようなものが切れたら、
それでもう終わっていたんだと思う。
ぺたぺた、ぺたぺた。
そのときだった。
遠くから、懐かしい、とにかく大好きだった音がかすかに聞こえてきたんだ。
その音はだんだんと大きくなり、
やがて背後までくるとぴたっとやんだ。
振り返りたい。けどできない。
なんでできない? どうしてだっけ。
やってみたらいいんじゃない?
振り返ると、そこにはあの子が笑顔で佇んでいた。
そしてぼくに声を掛けてくれたんだ。
「大きくなったね!」
って。