10年前、ファミコン版『MOTHER』発売3ヶ月前のあるゲーム雑誌にて。























あの天才コピーライターがゲーム製作に乗り出したら、いったいどんなモノができあがるのか?――待つこと2年。糸井さんはボクたちの莫大な期待に、最良のカタチで応えてくれた。『MOTHER』という作品をもって。そこで今週は、作者である糸井さん本人にRPGのこと、『MOTHER』のこと、エイプのことなど誰もが知りたい秘密についてインタビューを試みた。糸井さんの頭の中には何があるのか!? お母さん教えて!!


●失われた物語性がゲームにはある!!

――まず、今回糸井さんは初めてゲームを作りましたよね。それもファミコンの本家である任天堂で。それは「もしも自分がゲームを作るのならば任天堂で作ろう」と考えていたからですか?

いや、そうではないです。『MOTHER』の企画そのものは2年前からあったんだけど、その頃は「僕のゲームをどこかで作らせてもらえないかなァ」くらいにしか考えてなくて。それで友達に電話して「こういうゲームがあったら面白いと思わない?」なんて言ってたんです。そこに、たまたま任天堂の方から別の用事で呼ばれまして、「これはチャンスだ!!」とばかりに企画書を持っていったわけです。だから、結果的に任天堂でゲームを作ることができたのは、まったくの偶然です(笑)。

――糸井さんは過去に小説をいくつか書いてらっしゃいますが、RPGというのも一種の物語だと思うんです。物語を作るうえで、小説とゲームとの違いみたいなものはありましたか?

小説は物語をすべて活字で進めていくでしょ。ゲームの場合は文字情報にプラス、映像が付くんだけど、その言葉の持っている比重はゲームの方が極端に高いですね。例えば「あらま!?」という驚きを表現するにしても、小説ならナゼ驚いたのかその理由を何ページ使って表現してもいいけれど、ゲームはそうはいかないんです。「あらま!?」という驚きのひと言を効果的に見せるための、舞台を整えてやらなくちゃいけないんですね。それはなんでかというと、ゲームにはゲームであるための制約が多いからなんです。

――それはゲーム的な制約という意味で?

そう。だけど、ゲームっていうのは制約が多いからこそ、小説などではすでに失われてしまった物語性が、取り返せるんだ。だってホラ、ゲームで敵に囲まれたり謎を解いたりするのって、何の説明もいらないで、直接うれしかったり恐ろしかったりするでしょ。そういうコトができる有難さは、ゲームならでは。プレイヤーが主人公の気持ちになって体験してくれるからね。僕が『MOTHER』を「小説より映画より夢中になれるRPGです」って言うのは、そういうこと。

――糸井さんはRPG以外では、野球やモノポリーの大ファンとして有名ですが、それをファミコン化するなんてことは?

しようと思ったし、モノポリーについては今もファミコン化を考えています。ただ、せっかくのいいアイデアをセコく表現しているものが多いでしょ? 僕が今それをやって、マネだと思われてもナンだしねェ(笑)。


●現代の感情で主人公を動かせるんだ

――それでは『MOTHER』についてですが、RPGとしてドラマを作るうえで、中世と現代ではかなり違いが出てくると思うのですが…?

現代劇にすると人間がね、今の人間の感情で動かせるんですよ。つまり、中世ヨーロッパの世界っていうのは、主人公が王様に忠誠を尽くしているからこそ戦いに出るわけだし、王様も主人公を暖かく迎え入れる。ところが今の時代ではそんなものはないわけだから、子供が外をうろうろしてたらオトナはバカにするでしょ。家出少年じゃないかと思うわけ。いいかえると、現代劇はゲームをスタートした直後は負(マイナス)であって、正(プラス)じゃないの。中世のモノのゲームは0からスタートして、プラスになってゆくけど、僕のゲームは0以下からしかスタートできない。そこをわかるかどうかで、ゲームは全然違うんです。

――すると『MOTHER』はマイナスから始まり、0に近付いていくゲームである、と。

そうです。だから町の人にしても、主人公に対して見下して話してくる奴が多いんです。「ガキンチョが何やってんだ!?」みないなところからスタートして、それでも子供は子供なりに成長してゆく。そのへんのいらだちはゲームをやってる人と同じにできている。そういうコンセプトはゲームの世界じゃなく、他の世界からの発想ですよね。

――現代を舞台にすることで、ストーリー作りに無理が出てきたりすることもあったと思うんですけど?

そうなんですよね。不思議なことが起こらなきゃゲームにならないし。でも、そこで「マジカント国」を発想することができたから、現代劇のファンタジーが成立したんです。そこはまだ魔法が生きている国だから、不条理なことはみんなマジカントで済ませられる。それがなかったら、このゲームは完成しなかった。で、それが発想できたから『MOTHER』は勝った、と。

――でも「何が起こっても不思議でない国」の存在は、ズルイやり方なんじゃないかと思うのですが…。

と思うでしょ? それはネ、「マジカントはあったほうが面白い」ってことが最後にわかります。だいいち宇宙から敵が攻めて来るってこと自体、そもそもズルイんだから(笑)。

――武器やアイテムなども、現代を舞台にしたことでかなり苦労しませんでしたか?

現代で、しかも子供が持てる武器なんて限られてくるからね。バットを持たせるくらいしかないんですよ。でもバットで敵を殴るっていうのは、その光景を頭に浮かべると陰惨だからね。戦っているイメージを呼び起こしたくないんだ。戦闘なのに、イメージを与えないでくれっていうのは矛盾している。それと、バットにランク付けもできない。木製のバット・コルクバット・金属バットなんてやっても、陰惨さが増すだけだし。特に金属バットはアブナイよね(笑)。

――それは解決できましたか?

しました。つまり、それは言葉で解決できるんです。例えば最初に手に入れるのは「ボロのバット」、次が「普通のバット」、そして「いいバット」「最高のバット」となる。ボロ・普通・いい・最高といったランクの付け方によって、バットの意味をなくしてしまうんです。より強力なバットが欲しいんじゃなくて、単に「いいもの」が欲しいという。

――バットという言葉を使いながら、バットを消してしまったわけですね。

そう。そのへんの技は、やっぱり僕にしかできないっていう自信がありました。だからねェ、会話や名前だけじゃなくてゲームの中に出てくる言葉はホント隅ずみまで気をつかいましたよ。戦闘シーンでいろんな敵が出るでしょ?で、普通はどれを倒しても同じように「○○を倒した」という。でも『MOTHER』では、ゾンビだと「土にかえった」、動物なら「おとなしくなった」、ロボットだと「破壊された」、人間だと「我にかえった」なんです。そういう細かいところを流用しないで作るというのに、ずいぶんとこだわりましたね。それが僕の持つ力をあらわす部分ですから。

 

●スピルバーグも同じこと考えてた!!

――これは『MOTHER』のタイトルロゴを見て感じたんですが、地球をデザインした上に”母”という名前を乗せてますよね。これはまさしく、地球は生命の母であるといったような…ズバリ、このゲームのテーマとなるのは”地球史”なのではないか!?と思うのですが、そのへんはどうでしょう?

ウッ!!そう突っ込まれるとどう答えていいのか(笑)。

――それで発表記者会見のときにわかってしまったんですけど、このゲームの発想の元には映画『2001年宇宙の旅』が、イメージされているハズだと。

それは100パーセント当たりです。『2001年――』がなければあのロゴデザインは生まれなかったし、エイプという会社も考えなかったかもしれない。

――『2001年――』は違いますが、糸井さんはスティーブン・スピルバーグ監督の大ファンだそうですね。そこでスピルバーグ映画の『MOTHER』への影響を考えてみたんです。まずは『ポルターガイスト』、これはゲームのオープニングで使ってますね。

うん、それはモロに。『ポルターガイスト』をビデオでボヤッと観てるときに、ここからスタートさせようと思った。物語の導入はコレだ!っと。

――『未知との遭遇』。これは異性人との接触ということもありますが、音楽の使い方に秘密があるんじゃないかと思ったんです。記者会見のときにも「このゲームは音楽が非常にゲーム展開に意味を持つ」という理由で、音楽を聞かせていただけなかったわけですしね。

そのへんは今の段階ではハッキリといえないけど、半分は当たりというところですかね。まあ、それは皆、わかっちゃっただろうなーと思う。

――敵キャラクターの中に「マッドトラック」っていますよね。深読みしすぎかもしれないですけど、あれは『激突!』なんじゃないかと思うんですけど…?

そうかぁ『激突!』か!! イヤ、それは気づかなかったな。全くの偶然ですねェ(笑)。あのねえ、映画とは関係ないんですけど、『タリスマン』という小説を読んだんですよ。で、みんないいこと考えるなと思いましたよ。その小説にもマジカントみたいなアナザーワールドがあって、そこへいくと自分はある存在で、行ったり来たりするという話なんだけど。これが面白くって。「これをなんとかゲームにしたいな」と思ってさ、原作の版権を取ろうと新潮社に問い合わせたら、すでにスピルバーグ監督が映画化権を持ってた(笑)。

――似たようなこと考えてるんですね

そう。で、『タリスマン』にウルフという泣かせる奴が出てくるんだけど、『MOTHER』では似てるけど、もっと泣ける奴が出てきますよ。

――そのへんが、「MOTHERは泣けるゲームです」という発言に結び付く訳ですね。糸井さんが『タリスマン』を読んだのは、『MOTHER』を作ったあとなんですか?

あとです。そうしたら似たようなアイデアがいっぱい出てきて困っちゃってね。「糸井は『タリスマン』のマネをした!」と思われるんじゃないかとか。でも、たとえ似てても僕が独自に考えたモノは、それはそれで大切にしようと思うから、そのまま残しました。ある意味では僕のほうがうまく使ってるところもありますよ。思わず涙を誘うようなウルフマンの存在にしても、僕のほうはゲームだから文学性はない。けど、「ああ、こういう風になるのか!」って、けっこうビックリするやり方をしてるんで、両方見較べると面白いですね。本当はハッキリいいたいんだけど、半分は隠しネタだから教えられない(笑)。

――じゃあ、ゲームをプレイするまでのお楽しみにしておきましょう。ところで糸井さんはスピルバーグ監督のどんなところが好きなんです?

存在の仕方ですね。つまり僕は映画作品のファンではなくて、人物としての監督が好きなんです。スピルバーグ作品だって、駄作はムチャクチャ駄作ですからね。彼が総指揮をした『東8番街の奇跡』もつまんなかったし。でも、たったひとつのアイデアで映画を一本撮ってしまうのはスゴイよね。これはゲームでいえばディスクシステムに使えるよ。『東8番街――』みたいなシンプルな作品をゲームにしても、500円で書き換えられるなら安いもんでしょ? いずれはそういうの手掛けてみたいね。


●皿の上に何を乗せるかが問題ですね

――少しゲームシステムの話になりますが、フィールドを移動するシーンが『ドラゴンクエスト』のように上空から見下ろすタイプではなく、横から見た景色になってますよね。あれには何か理由があったんですか?

あれじゃなくてもいーな、と思ったの。そうしたらプログラムのスタッフが「いいのがあるんですよ糸井さん。やりたくてもやれなかったことなんですけど」って。それで「できるかね?」「できるハズです」と。それで実現したの。移動のシーンに限らず、そういうスタッフとのチームワークで生まれたアイデアも多いですよ。

――『ドラゴンクエスト』のルーラみたいに、瞬間移動の方法はありますか?

もちろんです。これまた、いいのがあるんです。まあ『MOTHER』は魔法じゃなくてPSI(超能力)だから、テレポーテーションに決まってるんだけど。楽しいよォ。

――移動するためのグラフィックが楽しいんですか?

そんなスタティックなものじゃない。ようするに、テレポーテーションの部分だけがこのゲームで唯一のアクションゲームになっている。

――するとテレポーテーションに失敗することも、ある?

ある(笑)。失敗しようと思えば失敗できる。でも、とにかくそこが面白いところなんです。凝り始めるとどんどんハイテクニックで面白くできたりするから。早く実物を見せたいですね。テレポーテーションのアイデアで100点満点とすると、このアイデアは100点いったと思う。

――楽しみですね。それからもうひとつ、これはどうしても聞いておきたかったんですが、敵キャラクターの中にロボットが何体かいますよね。で、宇宙人が攻めてくるんだから不思議はないんですけど、ゲーム前半に登場する敵はどれも怪物なのではなく、宇宙人に操られたモノばかりでしょ。ナゼ宇宙人は自分たちが攻めてこないのか?そして宇宙人のキャラクターがあるということは登場するハズなんですが、もしかするとそれは地球上に宇宙人が降り立つのではなくて、主人公たちが宇宙へ出陣していくのではないか? そんなことを考えたんです。

面白いなァ、こういう質問(笑)。でも近いセンをいってますね。僕がいくつか考えていたパターンのひとつには、そんなのもありました。

――もしも地球の外に出るとすれば『MOTHER』というタイトルから連想して、宇宙船地球号という考え方が出てくる。つまり地球を動かして宇宙人のいる星まで乗り込んでしまうとか。

候補としては、ある。今回はそこまでやらないけど、パート2を作るときに使えるよね。僕の頭の中でいろいろ考えてたうちの、ひとつのアイデアです。ひょっとするとそうなる可能性もある。いや〜、こういうことを話し合えるのって嬉しいな(笑)。当たってもハズレても楽しい。

――こちらこそ。いろいろ面白いお話が聞けて、待つ楽しみが増えました。糸井さんを知る人たちのあいだでは「あの糸井重里が作るRPGだから、シナリオが面白いのは当たり前。問題はゲームシステムをどうするかだね」なんていっていたんです。

弱ったな(笑)。弱りましたね。まあ僕の場合は任天堂の宮本さんが加わってくれたことが、かなり大きかったと思います。宮本さんは『MOTHER』をRPGでやることに、ずうっと悩んでたんです。で、ある日「糸井さんわかりましたよ。RPGはアクションゲームなんかと同じで、ファミコンというメディアの中のもうひとつのメディアなんですね。問題はそこに何を乗せるかなんですよ」っていってきて。

――すぎやまこういち先生も「RPGの大枠はもう変わらない」といってますよね。

そう。いいゲームシステムは古典になるんです!


5年先輩のいないこの業界を「素敵」だと、糸井さんは言う。
「たとえ失敗したとしても、その失敗をいい空振りだったな、といい合える可能性があるでしょ? 小姑のいない世界って好きよ(笑)。ただ、このままじゃダメなんですよね。若くて能力のある人がゲームを作れるような環境が整ってないから。それで僕は”APE”(類人猿)という会社を作ったんです。そういう人たちに門戸を開くための。エイプという名前にしたのは、やはり『2001年――』からの影響です。コンピュータを類人猿、つまり人間以下にしておきたいから。やっぱりホモサピエンスの方が機械よりエライんですから(笑)」
















以上、ファミコン必勝本(JICC出版局(現・宝島社))
1989年5月19日号より
勝手に転載(^^;)
インタビュー&構成:とみさわ昭仁

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